ドイツの防衛大手ラインメタル社は、ロンドンで開催された防衛展示会DSEI 2025において、最新鋭の戦闘装甲車「Fuchs JAGM」を世界に向けて初公開しました。この新型車両は、24発もの対戦車ミサイルと革新的な垂直ミサイル発射システム(VLS)を搭載した「駆逐装甲車」という新たなカテゴリーを確立するものであり、現代の戦場における対装甲戦闘のあり方を大きく変える可能性を秘めています。
Fuchs JAGM
Fuchs JAGMは、ドイツのラインメタル社とアメリカのロッキード・マーティン社という、防衛産業における二大巨頭が共同で開発した戦略的兵器です。特に、ウクライナ戦争から得られた貴重な教訓が設計思想に深く組み込まれており、その結果、従来の装甲車両の概念を覆すような、革新的な新兵器として誕生しました。
この車両の基盤となっているのは、ラインメタル社が開発し、1979年に初めて導入された歴史ある6輪駆動装甲車「フックス・エボリューション(Fuchs Evolution)」です。フックス・エボリューションは、長年にわたる改良と進化を重ね、現在では約60種類もの派生モデルが開発され、世界10カ国以上で採用されている信頼性の高い車両プラットフォームです。Fuchs JAGMは、この実績あるフックス・エボリューションの高い機動性と堅牢性を継承しつつ、現代戦の要求に応えるべく大幅な改修が施されました。
Fuchs JAGMの最大の特長であり、その名称の由来ともなっているのが、車体後部に搭載されたミサイル発射システムです。このシステムには、通常、海軍艦艇や固定式の発射台で用いられる垂直発射システム(VLS)が採用されています。VLSを車両に搭載するという発想そのものが画期的であり、ミサイルを縦置き(直立)で収納することで、限られた車内スペースを最大限に効率化。その結果、24発ものミサイルを搭載することが可能となり、かつ素早い連続発射能力を実現しています。これにより、Fuchs JAGMは短時間で多数の目標に対して飽和攻撃を仕掛けることが可能となりました。
搭載されるミサイルは、ロッキード・マーティン社が開発・生産する実績ある「AGM-114 ヘルファイア」と、その後継として開発された次世代ミサイル「AGM-179 JAGM」の2種類です。
AGM-114 Hellfire
ヘルファイアは、攻撃ヘリコプターや固定翼機、無人機などに搭載される空対地誘導ミサイルとして、1980年代から運用されてきました。射程は約8kmで、セミアクティブ・レーザー誘導方式を採用しており、対戦車ミサイルや対装甲兵器として高い有効性を誇ります。
AGM-179 JAGM
一方、JAGMはヘルファイアの後継として開発された、射程16kmを誇る次世代型空対地誘導弾です。タンデム型の炸薬破砕弾頭を備え、装甲目標に対して高い貫徹能力を発揮します。特筆すべきはその誘導方式で、精密攻撃を可能にする改良型セミアクティブレーザーセンサー(SAL)と、あらゆる気象条件下での移動目標に対応するファイア・アンド・フォーゲット型ミリ波レーダー(MMW)を搭載しています。これにより、ヘルファイアとは異なり、「撃ちっぱなし」での運用が可能となり、いかなる気象条件下でも移動中の標的をより高い精度で攻撃することができます。また、どちらのミサイルも、ヘリコプターや無人機といった低速・低高度を飛行する空中目標に対しても攻撃能力を有しています。
Fuchs JAGMは、地上車両からVLSを介して最大24発のミサイルを連続発射することが可能です。さらに、車体には高さ4.3mまで伸長可能な伸縮式マストに搭載された高性能な電気光学センサーが装備されており、約8km離れた目標を正確に検知し、ロックオンすることができます。この強力な車載センサーと、データリンクを通じて他の部隊から共有される標的情報を組み合わせることで、1両のFuchs JAGMが理論上、2個中隊規模の戦車をほぼ同時に攻撃する潜在能力を秘めています。装輪車両をベースとしているため、道路網を利用した迅速な移動が可能であり、攻撃後の素早い陣地転換も容易に行えます。これにより、敵からの反撃を回避しつつ、次の攻撃位置へ迅速に移動する「ヒット&アウェイ」戦術を効果的に実行できます。
しかしながら、Fuchs JAGMにはいくつかの課題も存在します。まず、攻撃距離が最大16kmと比較的短いため、効果的な攻撃を行うには最前線近くまで進出する必要があります。VLSを搭載している車両である以上、装甲防御力は戦車や他の装甲車ほど強力ではなく、被弾時には搭載ミサイルの誘爆リスクも高まります。また、24発というミサイル搭載数は一見多く見えますが、激しい地上戦においては短時間で消費される可能性があり、継続的な作戦能力を維持するためには、確実な補給網の確保が不可欠です。ミサイルの補給は砲弾とは異なり、その体制と装填時間が運用上の重要な鍵となります。
さらに、JAGMとヘルファイアが米国製兵器であるという点も、運用上の懸念材料です。これらの兵器を第三国に移転したり、搭載車両を輸出したりする際には、米国の輸出承認(ITAR/国務省許可など)が必須となります。近年、国際情勢が流動的であり、米国の対外政策が変化する可能性も鑑みると、これが将来的な運用や輸出において制約となる可能性も考慮に入れる必要があります。
Fuchs JAGMは、その革新的な設計と強力な対装甲攻撃能力により、現代の戦場におけるゲームチェンジャーとなり得る車両です。しかし、その潜在能力を最大限に引き出すためには、運用上の課題に対する適切な解決策と、戦略的な補給・外交政策が不可欠となるでしょう。