後退するロシア軍兵器、70年前のBTR-50装甲兵員輸送車を投入へ

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ロシア軍は戦後のソ連時代に開発されたBTR-50装甲兵員輸送車を倉庫から引っ張り出し、ウクライナの前線に輸送していることが分かりました。

ウクライナ侵攻が始まって1年が経過し、総力戦になりつつある両国。圧倒的と思われたロシア軍も稚拙な戦術と低い士気、想定以上のウクライナ軍の抵抗もあって多くの戦力を失い、侵攻前に前線に配備した主力戦車、装甲車の多くを失いました。兵器が不足する中、ロシアは既に退役し、予備役として倉庫に眠っていた多くの兵器を呼び戻し、近代化改修を行い戦線に復帰させています。その中には1950年代後半に開発されたT-62戦車などもあります。しかし、今回、ロシア軍はT-62よりも古い、1952年に開発、1954年に就役したBTR-50装甲兵員輸送車を復活させたことが分かり、既にウクライナに運ばれています。

白黒の写真で解像度も悪く、判別しにくいですが、トラックの荷台で運ばれているのが、BTR-50装甲兵員輸送車とされ、写真はウクライナのロシア占領地で撮影されました。そして、既に戦地に投入されています。

BTR-50装甲兵員輸送車

BTR-50装甲兵員輸送車は、装甲車両の内部容量を増やし、兵員輸送を目的にPT-76水陸両用軽戦車のシャーシをベースに1952 年に開発、1954年に就役した装甲兵員輸送車です。PT-76に搭載されていた76.2mm戦車砲は取り除かれ、その代わり、車内には2名の乗員と最大20名の空挺隊員を運ぶことができます。武装は7.62mmまたは14.5mm機関銃、総重量は14.5トン、最高速度は44km/h で行動距離は240km/h、PT-76をベースにしていることもあり、水陸両用で水上を最高11km/hで移動します。しかし、軽戦車をベースにしていることもあり、兵員輸送車では基本の後方ハッチがなく、乗車する兵士は全員上部ハッチから乗降しなければならず、兵士からはすこぶる評判が悪い車両でした。1960年代に機動力、攻撃力、防護力ともに優れるBMP-1が登場するとBTR-50の存在価値は薄れ、その後、アジアやアフリカといった多くの第三世界諸国に輸出されます。1970年代まで生産され、総生産数は約6,500両に及んでいますが、ロシアに幾つ残っているのかは不明です。

装甲(RHA)は、前部が13mm、側面が10mm、上部と後部が7mmで、7.62mmまでの銃火器や砲弾の破片からは保護されますが、重機関銃の攻撃から守ることはできません。先ほど述べたように乗降が面倒なため、被弾しても直ぐに脱出ができません。そのため、BTR-50は兵員輸送のためだけではなく、爆薬を積んで敵陣に自爆攻撃をさせるために用いるのではという推察もあります。実際、シリアでISISの戦闘員がBTR-50に爆薬を積み込み、シリア軍の陣地に突っ込み自爆しています。

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