2025年6月5日、ウクライナ軍はロシア連邦領内において、ロシア軍が保有する「イスカンデル」短距離弾道ミサイルシステムの移動式発射装置を破壊した。本件は、ウクライナ軍がロシアの弾道ミサイル発射装置を物理的に撃破した初の事例として記録されている。
本攻撃は、ロシア連邦のブリャンスク州クリンツィ市近郊に展開していたロシア連邦軍第26ミサイル旅団の部隊を対象としたもので、ウクライナ軍参謀本部による情報では、イスカンデル発射装置1基を完全に破壊し、さらに2基に対して相当程度の損傷を与えた可能性が指摘されている。ウクライナ軍は、ロシア連邦軍がウクライナ国内の主要都市、特に首都キーウに対して集中的な攻撃準備を進めていたとの情報を基に、その実行を未然に防ぐ目的で、今回の先制攻撃を実施した。本軍事作戦は、ウクライナ保安庁(SBU)との綿密な連携の下で遂行され、ロシア連邦軍のミサイル発射能力に対して重大な打撃を与える結果となった。
これまでウクライナ軍は、ロシア連邦領内のミサイル関連施設及び補給拠点を戦略的目標として攻撃してきたが、実際のミサイル発射装置そのものを破壊することに成功したのは、今回が初めてとなる。
イスカンデル弾道ミサイル
「イスカンデル(Iskander)」弾道ミサイルシステムは、戦術的任務を遂行するための短距離弾道ミサイルシステムであり、冷戦終結後に開発されたロシア連邦陸軍の主要なミサイル兵器の一つである。北大西洋条約機構(NATO)によるコードネームは「SS-26 Stone」である。2006年に実戦配備が開始され、ロシア連邦軍向け仕様は「イスカンデル-M」、輸出向け仕様は「イスカンデル-E」とそれぞれ呼称されている。通常弾頭の他、核弾頭の搭載も可能だ。公表されている射程距離は500kmであるが、実際には700km程度であると推測されている。マッハ6から7の超音速で飛翔する能力を持つ。誘導方式は慣性航法に加えて、ロシア版全球測位航法衛星システム(GLONASS)を利用し、さらに搭載された高度な電子光学誘導システムにより、極めて高い命中精度を誇る。ミサイルに内蔵されたコンピュータシステムは、目標の画像データや関連情報を受信し、目標に関する最新情報をリアルタイムで更新する。高速かつ予測が困難な軌道特性を持つため、迎撃は非常に困難であるとされる。
過去には、アメリカからウクライナ軍に供与されたパトリオット防空システムが、イスカンデルによって破壊された事例も存在する。HIMARSの初の損害もイスカンデルによるものだ。
イスカンデルは、8輪装甲車両に搭載されて運用されるため、発射後速やかに移動することが可能である。そのため、発射地点を特定する頃には既に移動を完了しており、従来は破壊することが極めて困難であった。今回の攻撃成功により、ロシア連邦軍のミサイル攻撃能力に対する抑止力が大幅に高まり、ウクライナの防衛体制強化に大きく寄与することが期待される。