
フランス陸軍の装甲戦力が、2030年代にかけて“能力の空白”に直面する可能性が高まっている。主因となっているのが、ドイツと共同開発中の次世代主力戦車「Main Ground Combat System(MGCS)」の大幅な遅延と、現行戦車「ルクレール」の老朽化・維持難だ。欧州の安全保障環境が悪化する中、フランスはなぜ戦車戦力の危機を迎えつつあるのか。

MGCSは、独レオパルト2と仏ルクレールを将来的に置き換える欧州共同戦車開発プロジェクトとして、2010年代後半から始まった。当初の計画では、2035年前後の配備が期待されていたが、2020年代以降の開発作業は遅れに遅れ、技術ステップの競合、産業分担を巡る仏独の政治的駆け引きなどによって進捗が鈍化している。2025年時点でMGCSは「技術実証段階」をようやく開始したばかりであり、試作車の完成ですら2030年代初頭以降が見込まれている。本格配備は“2040年代前半〜半ば”とされ、欧州が直面する安全保障需要とのズレはますます大きくなっている。フランスにとってMGCSは“ルクレールの後継”として位置づけられていたが、こうした遅延によって、「既存戦車を延命しながら次世代へつなぐ」という前提が危うくなりつつある。
1990年代に導入されたルクレール戦車は、現在もフランス陸軍の主力だが、以下の問題が深刻化している。
生産ラインは停止、新造は不可能
ルクレールの製造ラインは既に閉鎖されており、追加生産やフレームの新造は現実的に不可能だ。必要なのは老朽部品の供給だが、ストックは年々減少している。
予備部品の枯渇と整備の難航
補用部品の再製造にはコストと時間がかかり、特にエンジン・動力装置・電子系統の修理が難しい。結果として、ルクレール部隊では稼働率が低下し、訓練への影響も出つつある。
保有数の減少
フランスはかつて約400両のルクレールを保有したが、現在は段階的退役により大幅に縮小。近代化改修(XLR仕様)を施すのは約200両とされ、将来の戦力規模は大きく制限される。
フランス陸軍は、ルクレールを「2040年代前半まで運用する」計画とし、戦場ネットワークとの統合、IED対策、防護力強化などを施す「ルクレールXLR改修」を進めている。しかし、元々の設計年が古い。保有数が減っている。新造できないため消耗した場合の補充手段がないといった問題を抱え、近代化というよりも“延命”としての性格が強い。むしろ、MGCSの遅延によってXLRへの依存期間が想定以上に長くなり、老朽化との競争状態が生じている。
専門家の間では、2030年代のフランスに以下のリスクが挙げられている。
① ルクレールの稼働可能数が自然減で低下
事故・故障・部品不足によって戦力が減る一方、増やす手段はない。
② NATO需要の増加に応じきれない
欧州の安全保障が悪化する中、NATOでは重火力戦力の増強が急務とされている。フランスが十分な戦車を提供できなければ、NATO内での影響力の低下にもつながる。
③ MGCSが間に合わない
2030年代の“欧州新冷戦”の中で、フランスだけが旧式戦力に依存する構図が懸念される。
こうした背景から、軍事アナリストの間では「フランスの戦車戦力は2030年代に深刻な能力ギャップに入る可能性が高い」との指摘が増えている。それに対し、共同開発国であるドイツはドローンの脅威に対応したレオパルト2A8を開発。ドイツ軍向けでは1992年以来の新規生産を実施。チェコやノルウェーなど欧州複数国での採用が決まっている。戦車戦力の穴埋めとしてレオパルト2A8を買うと選択肢もあると思うが、政治的理由とプライドからフランスがドイツ製だけでなく、海外製主力戦車を購入する可能性は低いと推測されている。
現実的なのは、ルクレール延命策を限界まで引き延ばしつつ、MGCSの開発を加速化させることだが、これも簡単ではない。フランスは次世代戦闘機FCASにおいてもドイツと共同開発しているが、開発の主導権や技術的な要求事項についての対立が続いており、共同開発の中止が協議されている。これがMGCSにも影響が出る可能性が高い。航空機においてはフランスの方が技術的競争力が高く、単独でも開発可能な事もあり、強気にでている。しかし、戦車においては現在の欧州主力戦車であるレオパルト2を開発するドイツが大きく勝っている。
フランスの戦車戦力は現状ですぐに壊滅する状況ではないものの、MGCSの遅延とルクレールの老朽化は確実に進行しており、2030年代は各国が次世代戦車を投入する中、フランス陸軍の戦車能力が大きく低下する時期となる可能性が高い。欧州全体で戦車需要が高まる中、この能力ギャップはフランスの軍事的地位を揺るがす要因ともなりうる。フランスがどのようにこの課題に対処するのか、MGCSの進捗と並んで今後の動向に注目が集まっている。