
2025年11月上旬、ウクライナ軍がイタリアから供与されたとみられる装輪戦闘偵察車「B1チェンタウロ(Centauro)」が、初めてウクライナで運用されている姿が確認されました。これまでメディアや軍事関係者の間で囁かれていた供与情報が、現地からの写真や映像によって明確に裏付けられた形です。
B1チェンタウロは、イタリア陸軍の主力装輪戦闘車として知られ、「戦車の火力を持つ装輪戦闘車」とも称される高速機動型の火力支援車両です。ウクライナ軍にとっては、フランスのAMX-10RCに続く、西側製の強力な“装輪式戦車”の導入となり、広大な戦場での機動戦能力の強化につながると期待されています。
第78独立空中強襲連隊に配備か
❗️🇮🇹Italian wheeled tank B1 Centauro in service with the 🇺🇦78th Separate Airborne Assault Regiment pic.twitter.com/Hg6nxhQhmd
— 🪖MilitaryNewsUA🇺🇦 (@front_ukrainian) November 8, 2025
初めてチェンタウロの姿が確認されたのは、11月初旬にウクライナの第78空挺襲撃旅団が公開した公式映像の中でした。複数のイタリア製B1チェンタウロとみられる車両が登場し、ウクライナ仕様の迷彩塗装が施された車体が未舗装路を高速で走行する様子や、主砲の砲撃訓練の様子が鮮明に映し出されています。
特筆すべきは、車体周囲にスラット装甲(ケージ装甲)や砲塔上部にはネットが追加装備されている点です。これは、ウクライナ戦場特有のロシア軍による自爆ドローン(FPVドローン)や対戦車ミサイル攻撃への切迫した対応策であり、ウクライナ軍が車両を独自に改修し、実戦に即した防御力強化を図っていることが確認できます。
イタリア政府は、B1チェンタウロのウクライナへの供与について、これまで公式な発表を一切行っていません。供与された車両の具体的な数、仕様、ウクライナへの輸送時期などの詳細も依然として不明です。しかし、2023年以降、イタリア議会や現地メディアが「イタリア陸軍から退役した車両をウクライナ支援パッケージに含める可能性」を繰り返し報じており、今回の映像はそうした報道を裏付ける決定的な証拠となりました。
B1チェンタウロ装輪戦闘車

B1チェンタウロは、IVECOとオート・メラーラ社が共同開発した8×8装輪式の火力支援・偵察車両です。1991年からイタリア陸軍で正式運用が開始されました。
| 主要諸元 | 詳細 |
| 武装 | NATO標準 105mmライフル砲 |
| 副武装 | 7.62mm機関銃、12.7mm重機関銃(オプション) |
| 機動性 | 最高時速100km/h以上 |
| エンジン | IVECO V6ターボディーゼル(520馬力) |
| 乗員 | 4名(車長、砲手、装填手、操縦手) |
| 重量 | 約24~26トン |
| 航続距離 | 舗装道路で800km以上 |
最大の特長は、主力戦車級のNATO標準105mmライフル砲という高い火力と、最高時速100km/h以上という圧倒的な機動性を両立している点です。主砲は、APFSDS(徹甲弾)、HEAT(対戦車榴弾)など、NATO規格の標準弾薬を使用可能です。これは、ウクライナ軍にとって、西側支援国からの弾薬の安定供給と、既存の弾薬体系への容易な統合という点で大きな利点となります。
一方で、装甲防御は基本的に20mm徹甲弾程度までの小中口径弾に耐えることを想定しており、MBT(主力戦車)に比べると防御力は限定的です。しかし、この軽量な車体構造が、高い速度と、中央タイヤ空気圧制御システム(CTIS)、独立懸架サスペンションによる優れたオフロード走破性を実現しています。イタリア軍では、砂漠や山岳地帯での長距離偵察任務に主に活用されてきました。イタリア陸軍では250台以上が運用されてきましたが、後継となる120mm砲搭載型の「チェンタウロII」への更新が進んでおり、B1チェンタウロは退役が始まっていました。今回供与されたのは、この退役車両の一部とみられています。
ウクライナ戦場における期待と課題
広大な前線と比較的発達した道路網を持つウクライナの戦場において、機動性の高い装輪戦闘車は大きな戦術的利点を持ちます。チェンタウロは「戦車に近い火力で、戦車よりも早く移動する」ことが可能であり、迅速な前線への展開、火力支援、奇襲・偵察任務に極めて適しています。特に、長距離砲戦と機動戦が展開されるウクライナ軍の戦術環境では、迅速に展開して敵陣を狙撃し、敵の反撃が来る前に退避する「撃って離脱(shoot and scoot)」戦術に有効です。また、前述の通り、105mm砲の弾薬はNATO規格であるため、弾薬の安定供給と兵站面での統合も比較的容易です。
しかし、B1チェンタウロが抱える防御力の脆弱さは避けられない課題です。ウクライナ東部戦線では、ロシア軍による対戦車ミサイルや自爆ドローン攻撃が日常的に行われており、軽装甲のB1チェンタウロがこれらによる直撃を受ければ、乗員や車両に致命的な損害が出る恐れがあります。実際、類似のコンセプトを持つフランスのAMX-10RCは、ウクライナの現場で「紙装甲」と批判され、損害が増加し、一部の前線任務には適さないと指摘されていました。ウクライナ軍は、前述のような追加装甲や対ドローンスラット装甲といった独自改修を施すことで、この課題に対処しようとしています。さらに、履帯式車両(戦車など)に比べて、ぬかるんだ悪路での走破性や耐地雷性能が劣るため、運用にあたっては慎重な地形選択と、堅固な後方支援が不可欠になります。
兵站面でも新たな課題が生じます。イタリア製の車両体系、部品、エンジン整備、乗員訓練体制の確立には時間を要します。既にソ連製、様々な西側製装備が混在し、兵站が分散化しているウクライナ軍にとって、新たな装備体系の追加は短期的な整備・補給の負担を増す可能性があります。
アメリカなど主要国からの車両供与が減速する可能性がある中で、イタリア製B1チェンタウロの登場は、ウクライナにとって貴重な戦力追加となります。主力戦車ほどの防御力は持たないものの、その高速機動性とNATO規格弾を活かした火力支援能力により、戦場で柔軟に動ける“軽戦車”としての活躍が期待されています。ロシア軍との長期消耗戦が続くなか、こうした高機動型装甲車の投入は、ウクライナの戦術に新たな選択肢をもたらす可能性を秘めています。西側の軍事支援が多様化する中で、B1チェンタウロはウクライナの戦力維持と戦術的柔軟性の象徴的存在となりつつあります。