
米陸軍が、装甲車両に頼らない「軽量・分散・高速」な地上部隊への転換を加速させています。その象徴が、超軽量戦術車両「Infantry Squad Vehicle(ISV)」です。米陸軍装備取得支援センターのジャクリーン・ヘイムズ氏によれば、調達目標は当初の649両から18倍に増え、1万1582両に達しました。この拡大は、兵士による実地評価や「Transformation in Contact」と呼ばれる訓練活動での教訓を反映したもので、米陸軍は2026年8月の報告書でこの経緯を説明しています。
JLTVでもハンヴィーでもない「第三の車両」

米陸軍はこれまで兵員・物資輸送を「Joint Light Tactical Vehicle(JLTV)」や「Humvee」に頼ってきました。両車種は高い防護力を持っていますが、その分重く、迅速な分散展開には不向きな場面があります。ISVは2019年に始動したプログラムで、JLTVとハンヴィーの間にある運用上の隙間を埋める目的で開発された、9人の兵士と装備を運べる超軽量車両です。GM Defense製の車両は市販ピックアップトラック「シボレー・コロラドZR2」をベースにしており、最大約1451キロ(3200ポンド)の積載が可能で、機関銃や擲弾発射器、対ドローン兵装の統合にも対応します。UH-60ブラックホークやCH-47チヌークでの空輸にも対応し、大型輸送機からの低速度パラシュート投下も可能です。
ドローン時代の生存性は「動き続けること」
今回の増強で強調されているのが、ドローンや精密火力が支配する現代戦での生存性という観点です。無人機・ドローンが上空から部隊の集結や車両の動きを瞬時に検知し、自ら攻撃、またはデータリンクにより、瞬時に位置情報を共有、砲撃、空爆など探知から攻撃までの時間が大幅に短縮されています。こうした環境では、重装甲で耐えるよりも、敵の索敵・攻撃サイクルが完成する前に移動し続けることが生存性に直結します。ISVはまさに、防護力ではなく速度と分散によって兵士を守るという発想に基づく車両であり、欧州とインド太平洋の両正面で重視される戦力設計の転換を象徴しています。
649両から1万1582両へ
🔊 Listen to what 1st Brigade Combat Team "Bastogne" Soldiers have to say about the capabilities the infantry squad vehicle (ISV) brought to their JRTC rotation. #Army250 #airassault #TiC pic.twitter.com/WVv1g96DBa
— 101st Airborne Div. (@101stAASLTDIV) May 19, 2025
2018年時点の構想では2065両規模の取得が見積もられていましたが、2019年2月に承認された当初の調達目標は651両にとどまりました。同年、GM Defense/リカルド、オシュコシュ・ディフェンス/フライヤー、SAIC/ポラリスの3陣営が試作契約を獲得し、2020年6月にGM Defenseが総額2億1430万ドルの量産契約を獲得しました。2023年時点で調達目標は2593両まで拡大していましたが、2026会計年度の予算案段階でさらに9282両へ引き上げられ、その中には空挺投下可能なM1297後継として1700両を充てる計画も含まれていました。そして2026年2月、目標は現在の1万1582両に確定しました。あわせて、貨物用ベッドを備えた5人乗りの派生型「ISV-U(Utility)」が2025年に承認され、2026会計年度だけで1275両の調達が計画されています。
機能を絞り込む設計思想、配備まで24カ月
通常の防衛調達は独自の軍用仕様、大規模な政府試験、複数の承認手続きを経るため4~10年を要し、コスト超過や技術陳腐化を招きやすい傾向があります。これに対しISVは民生品(COTS)を最小限の軍用改修で活用する方式を採り、最初の部隊への配備までわずか24カ月で到達しました。米陸軍関係者は、通信機器やセンサーを安易に追加せず「9人全員を車両に乗せて任務に投入する」という本来の目的を守ったことが、この即応性を支えたと説明しています。
フィリピンでも実戦さながらの運用
2026年5月8日から20日にかけてフィリピン・フォート・マグサイサイで実施された演習「JPMRC-X」(Salaknib 2026の一部)では、米陸軍第25歩兵師団隷下の第2大隊・第27歩兵連隊が5月13日にISV(制式名M1301)を運用し、第2大隊・第35歩兵連隊はCH-47チヌークへのスリングロード訓練を実施しました。島々に部隊を分散させるインド太平洋地域の作戦環境は、まさにISVが得意とする領域です。
次なる派生型「ISV-Heavy」、司令部機能も軽量化

米陸軍はさらに、6人乗りで貨物用の「Mission Payload System」と大容量の車載電源を備えた「ISV-Heavy」の開発に着手しました。旅団・師団レベルの指揮統制端末を車載しながら移動する「Command on the Move」を実現し、大型の固定司令部が発する熱源・電磁波の痕跡を減らす狙いがあります。2026年6月30日、GM Defense、フォード、ユタ州のBC Customsの3社がそれぞれ約333万ドルの試作契約を獲得し、2027年3月末までに3両ずつの試作車を納入する計画です。自動車大手フォードの本格参入は、商用エンジニアリングを軍用分野に取り込もうとする米陸軍の姿勢を象徴する動きとされています。
「防護車両」から「最も速く展開できる車両」へ
もちろんISVには、JLTVのような対地雷・対爆弾防護は期待できず、直接的な銃撃や砲撃にさらされれば軽量さがそのまま弱点にもなり得ます。それでも米陸軍は、装備を増やして重量を増すことよりも、9人を素早く分散させ、発見される前に移動させることに価値を置きました。1万1582両という数字は、この方向性がもはや一時的な実験ではなく、今後の地上戦力の骨格として位置づけられていることを示しています。戦場で求められる車両の基準が「最も強い車両」から「最も速く、最も多く、最も容易に展開できる車両」へと変わりつつあることを、ISVは体現しています。
参考・引用:Army develops ultra-light vehicle for changing battlefields