アメリカからウクライナへ、軍事支援として提供予定の31両のM1エイブラムス戦車。アメリカ国防省は当初、現在の米陸軍の主力であるM1A2エイブラムス戦車をウクライナに提供すると表明していましたが、3月末に声明で前モデルのM1A1にダウングレードすることを発表しています。なぜ、ダウングレードすることに至ったのでしょうか。
M1A2の納入には1年以上かかる
アメリカのバイデン大統領は1月下旬にウクライナへの軍事支援として31両のM1A2エイブラムス主力戦車を提供することを表明しました。しかし、発表時点では具体的な提供内容は詰められていなく、発表後にどのようなバージョンで、どこの備蓄から提供するのか、新たに生産するのかなど、検討を始めます。その、結果、ウクライナにM1A2を提供する場合、少なくとも1年以上、最大2年を擁することが分かります。とすれば、提供時期は早くとも2024年の初めです。イギリスのチャレンジャー2、ドイツのレオパルト2が今年3月から提供が始まったのに対し、だいぶ先です。アメリカには数千両のエイブラムスの在庫があるはずですが、なぜ?こんなに時間が掛かるのでしょうか?
アメリカは稼働状態が2500両、保管状態が3700両の計6200両のM1エイブラムスを所有しています。稼働状態のほとんどは1993年に導入された改良型のM1A2で、保管状態にあるのは1985年に登場した初期モデルのM1A1です。M1A1は第3世代戦車に属し、射撃管制装置などシステムをデジタル化改良したM1A2は第3.5世代戦車と言われ、M1A2は今もマイナーチェンジを繰り返す最新鋭戦車です。
月産生産能力は10両~
エイブラムスの新規生産は実は1993年に終了しており、改良型のM1A2は基本、保管されているM1A1を改修する形で生産されています。そして、このM1A2に改修ができるのはオハイオ州にある米国唯一の戦車工場であるGeneral Dynamics Land Systems(GDLS)のリマ戦車工場のみです。その月産能力は僅か10~両程しかありません。現在、この工場のみで米軍向けのエイブラムスの生産を行っています。そして、そこに更に2019年に台湾が108両、2022年にポーランドが250両、オーストラリアが75両の調達を決めたM1A2エイブラムスの生産が組み込まれています。これら海外向けに少なくとも計400両以上を生産するため、少なくとも数年先までラインが埋まっている状況です。これが、ウクライナへの提供が1年以上先になるという理由です。海外輸出にはエイブラムスに採用されている劣化ウラン装甲を取り除く必要があり、放射性物質を扱うこの作業には高度な設備と技術が必要で、そう簡単に生産ラインを増やすことはできず、生産数は大きく増やすことはできません。
そこで、アメリカは提供スピードを速めるため、改修が最小限に済み、訓練期間も短いM1A1の提供を決めます。当初の予定よりグレードが下がると言っても、他の第三世代戦車とそん色ない120mm滑腔砲、強固な複合装甲、赤外線カメラ、最高速度68km/hのスピードを備え、現代戦に合わせた改修も行われる予定です。ロシア軍のT-72、T-80、T-90といった主力戦車に対抗する性能は十分持ち合わせています。
M1A2がウクライナで鹵獲、破壊されるのを恐れている
M1A1にダウングレードした他の理由として推測されているのが、最新モデルであるM1A2がロシア軍によって、破壊または鹵獲されるの恐れてという見方です。これまで、M1エイブラムスは戦場で無双してきましたが、米軍という圧倒的戦力と航空支援の賜物です。しかし、それはウクライナにはありません。
実際、アメリカから140両のM1A1エイブラムス戦車の提供を受けたイラク軍は正規軍ではないイスラム国との戦闘において、2014年だけで3分の1を損傷ないしは破壊、鹵獲されています。ウクライナの場合は相手がロシア軍になるわけです。そして、戦場ではガチの「戦車vs戦車」という構図が生まれる可能性があります。M1エイブラムスはT-80以降のロシア製戦車と戦ったことはありません。もし、M1A2がT-80、T-90といったロシア製戦車に敗れれば評価が落ち、今後の武器輸出に影響を及ぼす可能性があります。M1A1であれば、敗れても「古かった」という言い訳が立ちます。